2007年03月29日

第2次中東戦争

第1次中東戦争の敗北によって、
アラブ諸国家はより強力な民族主義運動が必要だと悟る。

そんな折、エジプトではナセルを中心にして、欧州と手を組んだ王権勢力を排除することに成功していた。
ナセルは冷戦構造から影響を受けない、中立の立場を貫こうとしたが、アメリカはエジプトに対してMETOに入るように強要してきた。

ナセル・エジプト「我々は中立の国だ。バグダード条約機構に参加する国々から武器を買うつもりはない。チェコから買う。」

米国、英国「なんだと!そっちがその気なら、アスワン=ハイダムを作るお金の援助はやめさせてもらう。」

ナセル・エジプト「こっちは中立を貫きたいだけなのになぜそういう話になるんだ!」

米英「問答無用、いやならMETOに入れ。武器を買え。」

ナセル「じゃ、いいよ。スエズ運河会社をエジプトの国有にして資金は捻出するから。」

英、仏、イスラエル「??」
  「それじゃあ、うちらの石油が手に入りにくくなるじゃんか」

英、仏、イスラエル「米さん、エジプトむかつく。」
「やっちまいましょう」

こうして第2次中東戦争が始まった。

調停組織として機能するはずの国連はイギリスとフランスの拒否権発動のため機能せず。

アジア・アフリカはエジプトを支持。
国際世論は完全にエジプトよりとなる。
そうすると、米ソは英仏に武力行使をやめるように圧力をかける。

英仏は仕方なく戦争をやめる。

こうして戦争に勝利したエジプトのナセルは急激に評価を高めた。そして、アラブ諸国家による民族戦線も活気を帯びていった。

だが、ダムのお金をめぐる憎しみは消えず、エジプトは大企業の国有化を進め、ソ連へと近づいていく。

posted by さわ at 20:52| Comment(13) | TrackBack(1) | 国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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