2007年03月02日

山梨の旧石器時代

旧石器時代、長野県一帯は石器文化の中核を担った黒曜石の産地であった。

日本人のルーツは非常に多岐に渡るが、大陸から渡ってきた人々にしても、原住民にしても、満足な移動手段がない中で山を登るか、平地を進むかを選んだとき、山に囲まれた甲府盆地に定住しようとする可能性は低い。

当然、集落は関東や東海に集中したものと考えられる。山梨は長野の黒曜石を関東地区へ運搬する際の中継地としてはじめてその居住価値を見出されたのではないだろうか。

この時代を代表する遺跡が現在の中道町にある立石遺跡で、定住者のものではないことが認められている。定住が認められるのは静岡県境に位置する旧富沢町の天神堂遺跡のみである。
posted by さわ at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 山梨 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。