2007年03月02日

字幕

2月26日付
山梨日日新聞の風林火山(朝日の天声人語)

菊池凛子がろうあの少女を演じたバベルについて書かれていた。

4月から公開される日本語版には当然聴覚障害者の方も興味を持たれているはずだが、日本語での会話シーンにはどうやら字幕が入っていないそうだ。

そこで台詞を書いた紙を聴覚障害者に配布することが手話通訳と配給元の間で合意に至った。エンターテインメントを作る立場の人たちの姿勢を問う鋭い文章だった。

聴覚障害者の疎外感を描いた作品が新たなる疎外感を生み出しかねないゆがんだ螺旋構造

それを阻んだ手話通訳士と、この問題を取り上げてくれた記者に感謝。
posted by さわ at 15:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月15日

「エマヌエル婦人」に見る一画面2シーンの可能性

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「エマニエル夫人」は官能映画の代表作品としてよく知られる作品だ。
僕はこの作品の中で夫人が滝を訪れるシーンに注目した。

一画面の上部に夫人たちの移動風景を。下部に夫の情事を映し出す。
同時に2人の人間の時間軸を表現できるこの手法は間違いなく漫画にも
活用できるものだ。特に僕が書きたいと思っているサッカー漫画には非常に
効果的だ。今の漫画は瞬間的な心の戦いにおいてのみこの手法が使われるが、
数ページにわたったものはなかなかお目にかかれない。

人間の心のすれ違いから来る切なさや怒り、どうしようもなかったということ
回想シーンや分割したエピソードでは限界があった表現に幅を持たせることができそうだ。
posted by さわ at 17:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月04日

時差による深みを持たせる

656.jpg 181.jpg
「ウォルター少年と夏の休日」と「ニューシネマパラダイス」
はともに主人公が大人になり、お世話になった人たちの死を弔いに行くシーンから始まる。
それぞれ、重要なキーワードになるのは「アルフレッド」、「飛行機」。

そこからそれぞれが子ども時代に戻り、一度の別れが来るまでのエピソードを描いていく。
まるでトンネルを歩いていくような感覚。この映画がどうすればあのオープニングに導かれていくのか。考えさせることで見るものを映画の世界へと引き込んでいく。

オープニングをエンディングにするか、エンディングへの布石にするのかは主題次第だが、短編を書く際にも長編を書く際でも非常に使える手法であることは間違いない。

それぞれ素晴らしいエピソードを持つ両作品は僕の中でもお気に入りの映画だ。
エピソードを紹介するのは主旨ではないので割愛させていただくが、
ぜひ見ていただきたい作品であることは間違いない。

特にジュゼッペ・トルナトーレの「ニューシネマパラダイス」は音楽も非常に素晴らしい。
「ウォルター少年」は過去のエピソードの挿入の仕方、伏線のはりかたが素晴らしい。
一見無駄に思えるものが次から次へと意味を与えられていくさまは圧巻。人生とはなにかということすら感じ取れる。サブタイトルである「secondhanded lion」が主題であったなら、どんなに素晴らしい作品だったか。日本題の重要性を改めて感じさせられる作品だった。

ライオンのように生きた人、2本足のライオンの姿こそ最もクローズアップされるべきところなのに。
posted by さわ at 10:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 洋画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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